八草城跡
やぐさじょうあと (Yagusa Castle Ruins)
【C-AC423】探訪日:2021/8/31
愛知県豊田市八草町中切269
【MAP】
〔駐車場所〕
築城年は定かではないが、1493(明応2)年、初代城主の那須惣左衛門は上野城・阿部孫次郎,寺部城主・鈴木日向守,挙母城主・中条出羽守,伊保城主・三宅加賀守清宜らとともに軍勢4,000で松平領に侵攻し、松平宗家4代・松平親忠と井田野で戦うも敗れている(井田野合戦)。
1533(天文2)年、再び金谷城主・中条常隆,寺部城主・鈴木重辰,上野城主・阿部孫次郎,広瀬城主・三宅高貞らと連合して松平清康と戦ったが敗れた。さらに、1535(天文4)年にも松平広忠軍に撃退されている。次代の中条将監秀正は織田信長に仕えた。子の秀清は亡父の意志を継いで荒廃した猿投神社を再興したとされる。
国鉄岡多線(現:愛知環状鉄道)建設での採土場となり、城跡は消滅している。現在はゲートボール場など八草町ふれあい広場となっている。