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藤原巨勢麻呂 | 藤原伊勢人 |
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天平宝字2年(758年)淳仁天皇が即位して、藤原仲麻呂の独裁体制が確立すると、仲麻呂政権の中核メンバーとして、同年従四位上、天平宝字3年(759年)正四位下(同年播磨守に任ぜられる)、天平宝字4年(760年)従三位と、急速に昇進を遂げる。 天平宝字6年(762年)正月に仲麻呂の子・真先と共に参議に任ぜられる。同年11月には仲麻呂が計画した新羅征伐のため、香椎廟奉幣使となった。 |
延暦15年(796年)、かねてから一堂を建て観音を祀りたいと祈願していたところ、霊夢の託宣により鞍馬山に導かれ、同地に毘沙門天像が祀られているのを発見。さらに再度の霊夢により、観音と毘沙門天の同一なることを告げられ、これに深く感銘を受けて同地に伽藍を建立した。これが現在の鞍馬寺の起源となったと伝わる。また同年、桓武天皇により造東寺長官に任命され、東寺を建立したともされている。 |