幡豆崎天神山城跡

はずさきてんじんやまじょうあと(Hazusaki-tenjinyama Castle Ruins)

【C-AC683】探訪日:2024/1.29

【C-AC683】幡豆崎天神山城跡 愛知県知多郡南知多町師崎天神山

【MAP】

〔駐車場所〕宗真寺の駐車場に停めさせていただく。

【C-AC683】幡豆崎天神山城跡

   別名「二ノ段」とも呼ばれる。築城年は定かではないが、室町時代には河和城主・戸田宗光が守備していた。
 1476(文明8)年、知多半島先端の羽豆ヶ崎は、半島東岸の河和,富貴を領有する戸田氏と、大野城を本拠として半島西岸を領有する佐治駿河守宗貞が共有することとなり、佐治氏は南東の幡豆崎城を守備した。「羽豆ヶ崎の両陣」といわれた。また、『小治田真清水』には3つの城が存在したことを記している。幡豆崎先端の日和山(幡豆崎城:大宮司城)、その北の天神山・二之段(幡豆崎天神山城:戸田家城)、やや離れた北に荒神山(蜂屋城)である。(余談だが、小治田真清水とは、”尾張の田・増水”と懸け、『尾張名所図会』前編・後編で漏れた事項を書き集めたものらしい)
 幡豆崎天神山城は標高25m,比高20mほどの丘陵に築かれ、現在の宗真寺の背後になり、墓地の奥から山頂へと入ることができる。段状の平削地(後世の加工かも)があり、山頂に社が祀られているが、明確な遺構は確認できない。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】 

【国重文】

関連時代 室町時代
関連年号 1476年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
戸田宗光 F566 佐治宗貞 ****

 

【C-AC683】幡豆崎天神山城跡

 

 

【C-AC683】幡豆崎天神山城跡

幡豆崎天神山城跡,幡豆崎城跡現況図(『愛知県中世城館跡調査報告』に加筆)

【C-AC683】幡豆崎天神山城跡 ※本サイトの写真は転用可です(画像をピックすると拡大、コメント表示されます)

宗真寺 墓地の奥からすぐのところが曲輪 曲輪跡と思われる 最高部 壊れた社 最高部の一段下 下段の曲輪 土塁 南へ進んだところ(右側が曲輪) 幡豆崎城側を見る 蜂屋城側を見る 東側から見上げる