東蔵前城跡
ひがしくらまえじょうあと(Higashi Kuramae Castle Ruins)
【C-AC629】探訪日:2023/7.3
愛知県岡崎市東蔵前町火打山13-1天満宮
【MAP】
〔駐車場所〕村社天満宮の西側に駐車場がある。
築城年は定かではないが、城主には松平宗家3代・松平信光の子・松平美作守家勝(丸根松平の祖)と内藤家長の名がある。信光の岩津城に近いこと、時代面からも松平家勝によって築城されたと考えられる。家勝の名は磯辺城主,丸根城主としても残されている。
一方、内藤家長は内藤清長の子で、姫小川城のほか、藤川城,東蔵前城を領有したという。家長は徳川家康に仕え、1590(天正18)年の家康の関東移封に伴い、上総佐貫城主として2万石を得ており、東蔵前城はこの時に廃城になったと思われる。家長は、1600(慶長5)年、関ヶ原の戦いの前哨戦である伏見城の戦いで、鳥居元忠,松平家忠,内藤元長(家長の子) らとともに討死している。
城は天満宮近辺がとされているが、遺構は残されていない。
【史跡規模】 |
【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 室町時代 | 戦国時代 | 安土桃山時代 |
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関連年号 | 1590年 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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松平家勝 | MT01 | 内藤家長 | F910 |