保々西城跡

ほぼにしじょうあと(Hobonishi Castle Ruins)

【C-ME087】探訪日:2021/10.4

【C-ME087】保々西城跡 三重県四日市市西村町603 観音禅寺

【MAP】

〔駐車場所〕

【C-ME087】保々西城跡

   築城年は定かではないが、康正年間(1455~57年)に朝倉備前守詮真によって築かれたとされる。朝倉氏は室町幕府の奉行衆であり、同族の市場城朝倉氏,茂福城茂福氏,中野城中野氏と結んで勢力を保持していた。
 朝倉氏は4代の兵部まで続いたが、1568(永禄11)年または1574(天正2)年に織田信長の北伊勢侵攻の際に滝川一益の攻撃によって、茂福城,中野城とともに落城したとされる。なお、一説には1571(元亀2)年に長島城で謀殺されたともいう。
 城は朝明川北岸の河岸丘陵南西隅に築かれ、北から東側に空堀と土塁を設けた主郭の北側一帯には家臣の屋敷跡が残る。主郭虎口は北中央と南東隅に開いており何れも土橋が架かっている。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】 

【国重文】

関連時代 室町時代 戦国時代
関連年号 1455~57年 1568(1574)年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
朝倉詮真 AK** 朝倉兵部 AK** 滝川一益 KI43

 

【C-ME087】保々西城跡
 

 

【C-ME087】保々西城跡

 

保々西城縄張り図(『日本城郭大系 第10巻』に加筆)

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遠景 ここを下りて左へ 屋敷跡への道 主郭への土橋 土橋(郭内から見る) 空堀 虎口 土塁 土塁 土塁 主郭 主郭 主郭 主郭