正光寺砦跡〔桶狭間古戦場〕
しょうこうじとりであと〔おけはざまこせんじょう〕 (Shokoji Fort Ruins[Historic Battlefield of Okehazama])
【C-AC386】探訪日:2021/5/6
愛知県名古屋市緑区森の里1丁目107
【MAP】
〔駐車場所〕
1559(永禄2)年、桶狭間の戦いに際し織田信長は今川方の鵜殿長照が守る大高城を包囲すべく、東側には丸根砦,鷲津砦を築き、さらに南側に正光寺砦,氷上砦,向山砦を築いたとされる。正光寺砦とされる場所は大高城の南東600mほどに位置しており、現在の大高中学校辺りあるいはその西の東正光寺,西正光寺,正光寺峡,北横峯の地名が残る地域とされるが、遺構は残されていない。1560(永禄3)年の桶狭間の戦いでは一説に佐々政次が守備したとされるが、信長の奇襲の前に千秋季忠と共に今川勢に戦いを仕掛け討ち死にしている(信長の動きをカモフラージュする行動とも考えられている)。
【史跡規模】
【指 定】【国 宝】 【国重文】
当時の地形はわからないが、現在の地形,地名(東正光寺,西正光寺,正光寺峡)から判断すると、大高中学校辺りよりもその西の丘陵地が砦跡であると考えるほうが妥当と思える。
※本サイトの写真は転用可です(ダウンロードすると、より鮮明に見えます)
▲大高中学校
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▲中学校の西側(東正光寺方面)
▲中学校の北側
▲正光寺峡方面(高台)
▲西正光寺方面