明倫堂跡

めいりんどうあと(Meirindo Ruins)

【R-AC079】探訪日:2025/2.24

【R-AC079】明倫堂跡 愛知県名古屋市中区丸の内2丁目3

【MAP】

〔駐車場所〕

【R-AC079】明倫堂跡

   1749(寛延2)年に創立された。1782(天明2)年に徳川宗睦によって再興され、翌年にに開校。細井平洲が初代督学(校長)となり、岡田新川,石川香山,冢田大峯,細野要斎ら儒学者が後を継いだ。藩士の子弟だけでなく、農民や町人にも儒学や国学を教えた。初期の生徒数は約50名だったが、後に約500名まで増加している。
 1785(天明5)年に聖堂が設けられ、1787(天明7)年から復刻を行った『群書治要』などの漢籍は明倫堂版と呼ばれ、木活字版が多い。幕末の改革期には鷲津毅堂や小永井小舟らが督学に就いた。
 明治時代初頭には各藩校でも教育改革の動きが始まり、1869(明治2)年11月に明倫堂を「学校」と改称し、督学を廃するとともに学科や教授職種の改革が行われた。行政機構が整い、1871(明治4)年7月に教育行政を担う文部省が設立されると、同月に廃校に至り、1875(明治8)年には跡地に名古屋城内から名古屋東照宮那古野神社が移された。
 のちに、1899(明治32)年に明倫中学校として復活し、愛知県立明和高等学校として現在に至る。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】 

【国重文】

関連時代 江戸時代:中期 明治時代
関連年号 1749年.1782年 1869年・1899年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
徳川宗睦 TG12 細井平洲 ****

 

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【R-AC079】明倫堂跡

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跡地に建つ名古屋東照宮 跡地に建つ那古野神社