加藤清正生誕の地〔妙行寺〕
かとうきよまさ せいたんのち〔みょうぎょうじ〕 (Birthplace of Kiyomasa Kato[Myogyo-ji Temple])
【Z-AC008】探訪日:2018/3/17
愛知県名古屋市中村区中村町木下屋敷22
【MAP】
〔駐車場所〕
1562(永禄5)年、加藤清正は妙行寺の近くで生まれ育ったとされ、1610(慶弔15)年の名古屋城築城の際に、普請の命を受けた清正は築城の余材と普請小屋を貰い受け、妙行寺を自分の生誕地に移築,再建した。元々の妙行寺の創建時期は定かではないが、もとは本行寺と号し東に200mほどのところにあった真言宗寺院で、1294(永仁2)年に日蓮宗に改宗されたという。その後、火災により焼失したが、時を経て妙行寺として再建された。
清正の母・伊都が羽柴秀吉の生母・大政所と親戚であったことから、清正は1573(天正元)年に秀吉が近江長浜城主となった頃に小姓として仕えるようになり、江戸時代には肥後熊本藩初代藩主となった。
妙行寺境内には清正公誕生の地碑,加藤肥後候旧里碑,加藤清正公像が建つ。また、清正公堂には朝鮮出兵の際に清正の捕虜となり日本で出家して身延久遠寺で修業を積み肥後本妙寺の住職となった日遥上人が描いた加藤清正公束帯姿画像が安置されている。
なお、妙行寺の北には豊臣秀吉生誕の地とされる常泉寺がある。
【史跡規模】 |
【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 戦国時代 | 江戸時代:前期 |
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関連年号 | 1562年 |
1610年 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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加藤清正 | F798 | 加藤伊都 | F*** | 羽柴秀吉 | ZZ01 |
日遥上人 | **** |