昌福寺
しょうふくじ (Shofuku-ji Temple)
【T-AC072】探訪日:2016/11/22・2021/5/6
愛知県刈谷市野田町西屋敷2-1 <📲:0566-21-0791>
【MAP】
〔駐車場所〕
1408(応永15)年に永専により創建され、当初は涼清院専坊と称する真宗高田派の寺院であったが、1652(承応元)年に浄土宗に改宗し寿永山昌福寺と改めた。
年代は定かではないが、野田城の地として活用された可能性がある(寺内に城跡遺構らしき箇所がみられる)。
1790(寛政2)年に刈谷藩で発生した大規模な百姓一揆(寛政一揆)の発端となった寺参会がここで開かれた。一揆の結果、小垣江村,和泉村,福釜村,高棚村,野田村,半城土村,重原村など刈谷藩の碧海郡の多くは福島藩主板倉氏と領地(陸奥国伊達郡内+幕領)替えとなり重原陣屋によって治められることとなった。
また、刈谷生まれでフェライトの父とされる加藤与五郎の墓地がある(加藤与五郎生家跡)。