南禅寺

なんぜんじ(Nanzen-ji Temple)

【T-KT030】探訪日:2003/10.16・2015/11.7

【T-KT030】南禅寺 京都府京都市左京区南禅寺福地町86 <📲:075-771-0365>

【MAP】

〔駐車場所〕

【T-KT030】南禅寺

   臨済宗南禅寺派の大本山の寺院。日本の全ての臨済宗の寺院の中で最も高い格式を持つ。本尊は釈迦如来。開山は無関普門(大明国師)で開基は亀山法皇。室町時代に定められた五山十刹の制において京都五山および鎌倉五山の上に置かれる「五山の上」の寺院とされる。
 南禅寺の建立以前、この地には、亀山天皇が1264(文永元)年に造営した離宮の禅林寺殿があった。その名は、北に隣接する禅林寺(永観堂)に由来している。この離宮は「上の御所(上の宮)」と「下の御所(下の宮)」に分かれていたが、1287(弘安10)年に「上の御所」に亀山上皇が持仏堂を建立し「南禅院」と名付けた。これが南禅寺の始まりであり、のちに南禅院は南禅寺の塔頭・南禅院となっている。
 1291(正応4)年、40歳で落飾していた亀山上皇は禅林寺殿を寺に改め、当時80歳の無関普門を開山として、これを龍安山禅林禅寺と名付けた。無関は開山として招かれて間もなく死去したが、二世住職の規庵祖円(南院国師)が指揮し、かつての禅林寺殿の「下の御所」を整備して、1299(永仁7)年頃には伽藍建設完了し寺観が整った。正安年間(1299~1302年)には現在の「太平興国南禅禅寺」という寺号に改めたという。
 1334(建武元)年、後醍醐天皇は南禅寺を五山の第一としたが、1385(至徳3)年には足利義満は自ら建立した相国寺を五山の第一とするために南禅寺を別格として「五山の上」に位置づけ、更に五山を京都五山と鎌倉五山に分割している。
 1393(明徳4)年の火災と1447(文安4)年の南禅寺大火の後はほどなく再建されたが、1467(応仁元)年に勃発した応仁の乱での伽藍焼失からは再建も思うにまかせなかった。南禅寺の復興が進んだのは、1605(慶長10)年に以心崇伝が入寺してからである。翌年には豊臣秀頼によって法堂が再建されている。1611(慶長16)年には、豊臣秀吉が天正年間(1573~93年)に建てた女院御所の対面御殿が下賜され大方丈とされた。
 その後、明治時代になり、境内に1875(明治8)年に日本初の公立精神科病院「京都府療病院付属癲狂院」(現・川越病院)が、1888(明治21)年には境内を通る琵琶湖疏水の水路閣は建設された。
 三門は京都三大門の一つに数えられ、当初は1295(永仁3)年に西園寺実兼の寄進によって創建されたものだが、応安年間(1368~75年)に新たに建て替えられ、1447(文安4)年の南禅寺大火で焼失してしまっていた。現在の三門は1628(寛永5)年に津藩主・藤堂高虎が大坂夏の陣で戦死した一門の武士たちの冥福を祈るために寄進したものである。歌舞伎の『楼門五三桐』で石川五右衛門が「絶景かな!絶景かな!」という名科白を廻す「南禅寺山門」がこれである(ただし旧の三門)。
 法堂は1606(慶長11)年に豊臣秀頼によって再建されたが、1895(明治28)年に火の不始末で焼失した。現在の建物は、1909(明治42)年に再建されたもので、本尊の釈迦如来坐像を祀っている。
 方丈は大方丈と小方丈からなる。大方丈は慶長の御所建て替えに際し、天正年間(1573~93年)に豊臣秀吉によって建てられた旧御所の建物を1611(慶長16)年に下賜されたもの。接続して建つ小方丈は寛永年間(1624~45年)に建てられた伏見城の小書院とされる。方丈には狩野探幽はじめ狩野派の障壁画が計124面あり、重要文化財に指定されている。
 方丈前庭「虎の子渡しの庭」の枯山水は小堀遠州の作といわれる。このほかにも明治時代に造られた庭園のなかには琵琶湖疎水から引き込んだ水流を主景とする名庭園も多くある。

【史跡規模】

 

【指 定】国指定史跡:境内(2005年指定)

     国指定名勝:方丈庭園

【国 宝】方丈

     ・亀山天皇宸翰禅林寺御祈願文案(永仁七年三月五日)(附 南禅寺領諸国所々紛失御判物帖)

【国重文】三門              ・勅使門

     ・絹本著色釈迦十六善神像     ・絹本著色大明国師像(無関普門像)

     ・絹本著色大明国師像平田慈均賛  ・南院国師像(規庵祖円像)2幅

     ・絹本著色仏涅槃図        ・絹本墨画聖僧文殊像

     ・紙本墨画達磨像 祥啓筆     ・絹本墨画江山漁舟図 蒋三松筆 

     ・絹本淡彩薬山李翺問答図

     ・大方丈障壁画(紙本金地著色廿四孝図,紙本金地著色瀑布図 他)

     ・紙本著色群虎図(小方丈障壁画)伝狩野探幽筆 虎ノ間襖及貼付40枚

     ・木造聖観音立像         ・鎌倉彫牡丹模様香盒

     ・南禅寺一切経 5822帖      ・清涼殿拝領由緒書 6幅

     ・南禅寺仏殿指図

関連時代 鎌倉時代 室町時代 江戸時代:前期
関連年号 1287年・1291年・1299年 1447年・1467年 1606年・1611年・1628年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
亀山法皇 K335 無関普門(大明国師) **** 後醍醐天皇 K501
足利義満 G332

以心崇伝(金地院崇伝)

****

豊臣秀頼

ZZ01
藤堂高虎 F795 狩野探幽 F035

小堀遠州(正一)

F924

 

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南禅寺境内案内(南禅寺ホームページ引用)

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