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坂上田村麻呂 | 坂上広野 |
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光仁天皇→桓武天皇→平城天皇→嵯峨天皇と4代の天皇に仕え、忠臣として名高く、桓武天皇の軍事と造作を支えた一人として、二度にわたり征夷大将軍を勤めて征夷に功績を残した。延暦19年(800年)頃の肩書きは「征夷大将軍近衛権中将陸奥出羽按察使従四位上兼行陸奥守鎮守将軍」となっている。
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弘仁元年(810年)に発生した薬子の変では父・田村麻呂と共に嵯峨天皇側について、従五位下・右兵衛佐に叙任されると共に、国府の鎮護および逢坂関の固関のために近江国に派遣された。翌弘仁2年(811年)父・田村麻呂が没したため官職を辞するが、のち右衛門佐に任ぜられ、弘仁3年(812年)右近衛少将に遷るなど、嵯峨朝前半は武官を歴任する。 |
坂上春子 | |
桓武天皇の妃となり、葛井親王,春日内親王を生む。 |