五井松平家

MT01:松平親氏  松平親氏 ― 松平忠景 MT08:松平忠景

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松平信長 松平忠次
 平宗家8代で徳川家康の父である松平広忠が、天文4年(1535年)、一族で桜井松平家初代の松平信定によって岡崎城を追われた際、領地を捨てて広忠と伊勢に逃れ、天文6年(1537年)広忠が再び岡崎城主として復帰するまで忠勤に励んだ。天文20年(1551年)、49歳で死去。葬地は愛知県蒲郡市五井の長泉寺。  天文9年(1540年)及び天文14年(1545年)の二度にわたって、織田の軍勢を安城で防ぎ打ち破った。天文16年(1547年)、宗家に敵対した一族松平信孝(三木松平)と岡崎耳取縄手において戦い討ち死した。享年27。葬地は愛知県蒲郡市五井の長泉寺。