<皇孫系氏族>開化天皇後裔

AK01:朝倉宗高 〔開化天皇後裔〕日下部表米 ― 朝倉宗高 ― 朝倉教景 AK02:朝倉教景

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朝倉経景 朝倉景職

 長禄合戦や応仁の乱で兄・孝景を補佐して戦う。応仁2年(1468年)閏10月14日、京都に甥の氏景と配下の兵を残し、孝景,光玖,景冬の兄弟揃って越前国へ下る。文明3年(1471年)、孝景が東軍に寝返り、越前平定に乗り出すとこれに従う。孝景死後は氏景を補佐し、越前統一を実現する。
 軍略上の要衝地安居を領し安居城に拠った。長享3年(1489年)4月以降に入道し退耕斎と号した。
 延徳3年(1491年)1月26日、死去。享年54。

 朝倉貞景の娘・北殿を妻に迎えたことで、朝倉同名衆の中でも高い地位を得た。父・経景の死後、その居城の安居城を継承する。
 永正3年(1506年)に発生した永正の一向一揆では3,800の兵を率い、九頭竜川の戦いでも活躍した。永正14年(1517年)の若狭国の逸見氏の叛乱の際には、朝倉宗滴とともに出陣し大飯郡高浜城の番代を務めた。また、大永5年(1525年)の美濃国内乱時に土岐頼武救援のため総大将として出陣し、10月14日に稲葉山へ兵を進め、内乱鎮圧に尽力している。
 天文4年(1535年)4月13日死去。享年52。

朝倉景隆 安居景健

 母は朝倉貞景の長女・北殿。朝倉義景の従兄弟にあたり、一族内での序列は高かった。
 天文24年(1555年)9月の加賀一向一揆攻めの際、総大将の朝倉宗滴が病死すると、朝倉軍の軍権を委ねられて、翌年4月まで戦闘を継続する。この時、山崎吉家と協力して軍を動かしているが両名共に宗滴ほどの力量は無かったようで9月から10月にかけて粟津や安宅などを攻めて失敗。逆に翌年3月には加賀から越前に侵入されて越前の各地を焼かれ、最終的には4月21日に室町幕府の仲介で和睦して兵を退いて一乗谷に帰還している。
 永禄7年(1564年)9月1日にも朝倉景鏡と共に総大将となって加賀に出陣した。武勇に長けていたといわれる。
 元亀元年(1570年)頃、景隆の嫡男や舎弟などが1年のうちに3人死去し、続いて景隆も死去した。末子の景健のみ残ったと伝わる。

 元亀元年(1570年)頃、父と兄らが相次いで死去したため跡を継ぐ。同年、織田信長が越前に侵攻して来るとこれを防戦し、直後の姉川の戦いに総大将として参陣した。同年9月20日の下坂本の合戦で織田家臣の森可成と信長の弟・織田信治ら750余人を討つという戦果を挙げている。
 天正元年(1573年)8月13日の刀根坂の戦いでは奮戦して、主君・朝倉義景を越前へ逃がすことに成功した。しかし、朝倉景鏡の手により義景が滅ぶと信長に降伏し、姓を安居と改め、所領を安堵された。翌天正2年(1574年)、越前で一向一揆が起きると一揆方に降伏。天正3年(1575年)、織田軍の越前再侵攻の際には一揆方が劣勢となると織田軍へと再び叛意し、一揆の指揮官であった下間頼照,下間頼俊らの首を持参して信長に許しを乞うたが認められず、信長の命を受けた向久家により自害させられた。このすぐ後に景健の家臣である金子新丞父子,山内源右衛門の3名が追腹を切り殉死したという。

鳥羽将景 鳥羽景忠

 7代当主となった甥の孝景とは反目し、長禄2年(1458年)に始まった守護斯波義敏と守護代・甲斐常治との合戦(長禄合戦)では、守護側に与して孝景と対立した。翌長禄3年(1459年)8月11日、越前足羽郡和田荘の合戦で堀江利真と共に孝景らに討ち取られた。子・景正も和田での合戦で討ち取られたが、将景の曾孫である朝倉景富が鳥羽家を継いでいる。
 娘は孝景に嫁いでおり、孝景とは義理の親子関係にある。彼女との間に氏景が生まれた。

 永禄11年(1568年)5月17日、足利義昭が朝倉義景の館へ御成りをした際、伺候した朝倉同名衆19名のうち、景忠の父・朝倉景富は上位から7番目の家柄であった。織田氏によって朝倉宗家が滅亡すると、景忠は一向一揆に与し、天正3年(1575年)8月の織田信長の越前国再侵攻の際は、居城の鳥羽城に600の兵で立て篭もったが、柴田勝家と丹羽長秀の軍勢により落城、景忠軍は壊滅した。しかし、景忠自身は生き延びて抵抗を続けたらしい。
 天正6年(1578年)、朝倉宮増丸が足利義昭や毛利輝元に働きかけ、景忠を朝倉氏家督に据えて朝倉家再興を図ろうとした。当時、景忠の上位にある家柄の朝倉一族は、上杉氏を頼って越後国にあった朝倉景嘉のみであり、上杉謙信が死去したため、上杉氏の武力を頼んだ再興計画は破綻した。そのため、宮増丸は次の家柄上位者である景忠を軸とした朝倉家再興を計画したのである。
 しかし、宮増丸は越前国外におり景忠との連絡はつき難く、やがて織田氏と対抗していた毛利氏の中国戦線の悪化に伴って、この朝倉家再興計画も失敗に終わり、景忠の消息も不明となる。