<皇孫系氏族>孝元天皇後裔

KI06:紀 長谷雄  紀 角 ― 紀 大人 ― 紀 古麻呂 ― 池田維実 KI07:池田維実

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池田維実 池田奉政
 池田氏のはじめは、景行天皇の後裔が和泉の旧池田村に居住したことに始まるという。その地の豪族として朝廷から池田首の姓も受けていたが、大化の改新で豪族勢力が抑えられ、その後、池田村は摂関家の荘園となり池田荘と呼ばれた。この池田首の末裔が美濃の荘官として赴任し、その地が美濃池田荘と呼ばれ、池田郡になったという。貞観の頃(859~876年)の領主は池田維将で、その娘が、中納言・紀長谷雄の子・淑望に嫁いだ。そのゆかりで淑望の次男・維実が美濃池田に住み池田を号したので、これを紀姓池田氏という。   泰政は美濃池田と摂津豊島の地頭職を兼ね、京都滝口にあった武者所にも勤め、源平の争乱にも遭遇した。治承4年(1180)、兄頼政が以仁王を奉じて挙兵すると、池田泰政はその一族として義弟や子たちとともに頼政に加担して戦死した。その後の源平合戦において、源氏方が勝利したことによって、池田氏の安泰が約束された。