矢田城跡

やだじょうあと (Yada Castle Ruins)

【C-ME018】探訪日:2016/3/20

【C-ME018】矢田城跡 三重県桑名市矢田字城山(走井山公園)

【MAP】

〔駐車場所〕

【C-ME018】矢田城跡

   築城年代は定かではないが、矢田半右衛門尉俊元が天正年間(1573~92年)に築いたとされる。矢田氏は山内俊行の子・俊元が伊勢国北畠氏に仕えて功をたて、矢田氏を名乗ったことに始まる。俊元は観音を信仰し、城の北方に祀ったという。永禄年間(1558年~70年)頃に織田方の滝川一益によって攻められ落城し、俊元は自刃した。その後、矢田城は滝川一益に与えられ、長島一向一揆攻略の最前線基地となった。1574(天正2)年、一益が長島城へ移ると、家臣の杉山十左衛門,野呂孫右衛門を置いて守らせた。
 1615(元和元)年、桑名城主・本多忠勝の家臣であった本多半弥が山麓にあった観音堂を矢田城跡の走井山に移している。
 現在は走井山公園となっており、明確な遺構は残されていない。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】 

【国重文】

関連時代 戦国時代
関連年号 1573~92年・1558年~70年・1574年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
矢田俊元 F94* 瀧川一益 KI43 杉山十左衛門 ****
野呂孫右衛門 **** 本多半弥 F5**

 

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走井山 勧学寺