荒子城跡
あらこじょうあと (Arako Castle Ruins)
【C-AC198】探訪日:2018/3/17
愛知県名古屋市中川区荒子4
【MAP】
〔駐車場所〕
1554(天文23)年、前田種利が前田城の東2.5kmほどに荒子城を築いたとされる。1566(弘治2)年、織田信長と弟信勝(信行)の対立から稲生原合戦が起きた際、與十郎長定(種利の子)は信勝擁立派の林秀貞の与力であったことから信勝方として合戦に参加したため、勝者となった信長は長定から荒子城(二千貫)を取り上げ、前田蔵人利昌(利春)に与えたと言われる。このため、荒子城が前田利家の誕生の地とされ石碑が建てられているが、前田城とする説もある。利昌の家督は嫡男利久へと受け継がれたが、利久が病弱であったことや利家が織田信長に寵愛されていたことなどから、利久から四男の利家へと家督が譲られた。1575(天正3)年、利家が越前国府中城主となったことで荒子城は廃城となった。荒子城は天満天神宮の辺りに築かれていたが、現在は宅地となって遺構は残されていない。