織田信長本陣極楽寺跡〔長篠古戦場〕
おだのぶながほんじんごくらくじあと〔ながしのこせんじょう〕
(Headquarters Ruins of Nobunaga Oda;Gokuraku-ji Temple Ruins [Historic Battlefield of Nagashino])
【B-AC004a12】探訪日:2019/4/20
愛知県新城市上平井
【MAP】
〔駐車場所〕
1575(天正3)年5月18日、長篠設楽原の戦いのとき、設楽原に軍を進めた織田信長はこの極楽寺山から平井神社にかけて最初の本陣を置いた(極楽寺はすでになかったとも、戦いの折に焼き払われたとも)。決戦前夜の20日夜に開かれた軍議では、徳川四天王の一人である酒井忠次が信長の所望でえびす舞を舞い、士気を高めたという。また、酒井忠次の武田軍鳶ヶ巣山砦奇襲はここで信長に献策された。信長は陣中から戦略が漏れることを恐れ、その場では激怒してみせたが、軍議後、すぐに酒井忠次を呼び寄せ、先ほどの鳶ヶ巣山砦奇襲の策を褒め、4,000の別動隊を組織して実行に移させた。
なお、極楽寺本陣の南側の平井神社には織田信長旗が掲げられていた。
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▲平井神社入り口
▲説明板
▲平井神社の由来
▲織田信長旗本地の碑
▲平井神社
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