賤機山古墳(賤機山3号墳)
しずはたやまこふん(しずはたやま 3ごうふん)(Shizuhatayama Kofun Tumulus [Shizuhatayama No.3-Kofun])
【K-SZ061】探訪日:2025/3.24
静岡県静岡市葵区宮ヶ崎町102
【MAP】
〔駐車場所〕浅間神社の参拝者専用駐車場などがある。
静岡浅間神社の境内にあり、賤機山の標高約50mのところに築造された円墳で、賤機山古墳群の3号墳にあたる(1号墳:一本松古墳・2号墳:麓山神社後古墳)。規模は直径は約32m,高さ約7mで、玄室部は長さ約6.5m,奥壁部高さ3.8m,奥壁幅約2.6m、羨道部は長さ6.4m,高さ約1.7m,幅約1.2mを測る。玄室奥から墳丘裾の外護列石までは13.2mである。南向きに開口している。
埋葬施設としては両袖式の横穴式石室を持ち、石材には賤機山丘陵から安倍川下流右岸にかけて分布する玄武岩が用いられている。内部に長さ約2.9m,幅約1mの家形石棺が安置されており、伊豆産の凝灰岩をくり抜いて造られ、長辺側に3対(6個)と短辺側に1対(2個)の縄掛け突起がある。ただ、石棺内は既に盗掘に遭い、人骨や副葬品はほとんど残っていない。石棺のまわりからは土器や武器,武具,馬具など質・量ともに豊富な副葬品が出土している。遺物の年代検討などから、古墳は古墳時代後期の6世紀後半の築造と推定され、7世紀後半まで複数回埋葬されたと考えられる。さらに、副葬品の質・量からみて、畿内とのつながりをもつ当地方の最有力豪族の墓と推測されている。
なお、『駿河国志』によれば、すでに明和年間(1764~72年)には、石室内や家形石棺の様子,大刀などについて知られていたことがわかる。
【史跡規模】 |
【指 定】国指定史跡(1953年3月31日指定) 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 古墳時代:後期 |
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関連年号 | 6世紀後半~7世紀後半 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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作 |
現在は、石室内へ雨水が浸入して石室石材の劣化が進行していることから、石室の毀損・損壊を防ぐために墳丘全面が防水シートで覆われている。その代わりに、古墳前部に丁寧な解説板と1/20縮尺模型が置かれている。
賤機山古墳の石室および副葬品(静岡市パンフレットより)