細目城跡B
ほそめじょうあとB(Hosome Castle Ruins B)
【C-AC681】探訪日:2024/1.29
愛知県知多郡美浜町野間南前田
【MAP】
〔駐車場所〕
築城年は定かではないが、当初は細見河内守家盛の居城であったとされ、1509(永正6)年頃には水野下野守清忠の居城となっている。細見氏は堀田行高の子・之満が細見右近大夫と称したことに始まり、その子・細見河内守冒勝と続くが、細目城との関係は不明である。また、水野下野守清忠は緒川城主・水野信元の祖父にあたり、冨具神社に残る1509(永正6)年の棟札に清忠の名がみえることから、その頃にはこの地を支配していたと思われる。
しかし、細目城の位置については特定できておらず、吉祥寺裏山の細目城跡Aと、冨具神社南東の丘陵上にある細目城跡Bの2ヶ所が候補地として挙げられている。
細目城跡Bは冨具神社南の標高49m,比高45mの「城山」に築かれていたとされる。規模は約200m×150m。Ⅰ郭は最高部で主郭と考えられるが、現在、送信施設が設置されていることから改変が加えられていると考えられる。北に向けて緩やかな斜面が続き、北東に下ったところにⅡ郭があり、Ⅱ郭の北西へは段状の平坦地が続き、東側にも帯曲輪的な平坦地が一段ある。
現在、Ⅱ郭は冨具崎公園として整備されており、野間方面や伊勢湾、遠くには中部国際空港セントレアを望むことができる。
【史跡規模】 |
【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 戦国時代 |
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関連年号 | 1509年 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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細見家盛 | KI31 | 水野清忠 | G606 |
細目城の位置は特定されていないが実際に訪れてみると、私見ではあるが、地形的,要害性からみれば城跡Aよりも城跡Bのほうが城として適していると思う。あるいは、Bを詰城の位置づけとし、Aは平常時の城館であったのかもしれない。いずれにせよ、耕作地確保のため改変を受けているため、断定できないのが現実である。
細目城縄張図(『愛知県中世城館跡調査報告』に加筆)