谷津砦跡
やづとりであと (Yazu Fort Ruins)
【C-SZ095】探訪日:2023/3.7
静岡県浜松市北区引佐町金指
【MAP】
〔駐車場所〕 国道257線沿いにトイレ完備の駐車場がある。
築城年は定かではないが、井伊氏によって三岳城を守る砦群の一つとして築かれたとされる。築城にあたったのは井伊氏一族の谷津氏とも思われる。三岳城の南約3.3kmの丘陵端に築かれ、旧鳳来寺道の押えの役割を持っていたとされるが、あまり機能せず、600mほど北東に新たに上野砦が構築された。
1339(延元4/暦応2)年、南朝方の後醍醐天皇の皇子・宗良親王とともに三岳城に籠もっていた井伊道政は、高師兼らの北朝幕府軍の攻撃により各支城や砦を次々と落とされ、1340(興国元/暦応3)年正月に三岳城も陥落すると大平城へと退却した。谷津砦もそれと前後して落城したと考えられる。結局、井伊道政,宗良親王らは大平城も落とされ、ついには信濃国へ落ちていった。
現在、砦跡はみかん畑となっており、遺構は残されていない。
【史跡規模】 |
【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 南北朝時代 |
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関連年号 | 1339年 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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井伊道政 | F441 | 宗良親王 | K501 | 高 師兼 | TS04 |