綏靖天皇桃花鳥田丘上陵
すいぜいてんのう つきだのおかのえのみささぎ(Tsukidanookanoe Mausoleum of Emperor Suizei)
【K-NR038】探訪日:2009/10.31
奈良県橿原市四条町字田ノ坪
【MAP】
〔駐車場所〕
宮内庁により第2代・綏靖天皇の陵に治定されている。神武天皇陵の北東に位置し、かつては神武天皇陵の候補地にもなっていた。
神武天皇の第三皇子とされ、父帝が崩御した3年後の11月、異母兄の手研耳命が弟の神八井耳命と神渟名川耳尊を殺害しようとしたため、この陰謀を知った神八井耳,神渟名川耳兄弟は、手研耳を襲い、神渟名川耳がこれを討った。神八井耳は神渟名川耳が皇位に就くよう薦め、自らは天皇を助けて神祇を掌ることとなった。神渟名川耳は翌年1月に即位して葛城高丘宮に都を移す。ただ、即位後の事績は『日本書紀』,『古事記』とも無く欠史八代の1人に数えられ、実在性については諸説ある。即位33年に崩御。