中山大塚古墳
なかやまおおつかこふん(Nakayamaotsuka-Kofun Tumulus)
【K-NR049】探訪日:2014/11.28・2022/7.24
奈良県天理市中山町401
【MAP】
〔駐車場所〕
大和古墳群の枝群である萱生古墳群に属する前方後円墳である。墳丘は前方部を南西に向け、全長約130m,後円部の径約67m,高さ約11.3mの三段築成で、後円部北側の墳丘裾に扇型に開く張り出し部分が確認されている。前方部後方東側にも三角形の張り出しが付けられている。前方部と後円部の高さは、前方部が低く、前方部前面が緩やかに曲線を描いており、出現期前方後円墳の特徴を備えている。また、後円部の張り出し付近から特殊器台の破片が見つかっており、箸墓古墳に次ぐ最古級の前方後円墳であると推定されている。南側に延びた尾根を切り取り、その土を後円部の上に積み、前方部も尾根を低く細く削り取って、形を整えたと考えられており、後円部の高さ11.3mのうち、墳頂部の4m以上は盛り土であった。
埋葬施設は、後円部の中央に長さ7.5m,高さ1.4mの竪穴式石室が築かれ、石室の石材は二上山麓に産出する輝石安山岩であり、上部は持ち送りにしてすぼめるかたちとなっている。石室のなかからは割竹形木棺が確認された。
墳丘の最下段に幅6m,高さ1mの平坦面が造られ、後円部の北西からくびれ部にかけて濠の跡がみられる。
戦国時代に山城として改変されてはいるものの、墳丘構造,石室や埴輪などから古墳時代前期初頭の築造であると判断される。また、古墳は大和神社の所有地内にあり、前方部の南側には墳丘の一部を削って境外摂社の御旅所坐神社(大和稚宮)が造られている。
【史跡規模】 |
【指 定】国指定史跡(2014年10月6日指定) ノムギ古墳, 下池山古墳とともに大和古墳群として指定 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 古墳時代:前期 |
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関連年号 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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巨 |