薬師ヶ根城(高園城)跡
やくしがねじょう(たかぞのじょう)あと (Yakushigane[Takazono] Castle Ruins)
【C-AC326】探訪日:2020/6/29・2021/4/19
愛知県豊明市沓掛町薬師ケ根
【MAP】
〔駐車場所〕
築城年代は定かではないが、近藤景春の沓掛城の支城と考えられる。景春は織田信秀の死去に伴い、鳴海城の山口教継の勧誘で織田方から今川方に寝返った。1560(永禄3)年には今川氏の家臣で今川義元の妹婿である浅井政敏に本城の沓掛城を明け渡し、自身は薬師ヶ根(高園)城へと移った。桶狭間の戦いの準備であろう。そして、桶狭間の戦いで総大将の今川義元が討たれると、浅井政敏は駿河国へ撤退したが、景春は織田氏の掃討軍の攻撃を受け討死したとされる。このとき薬師ヶ根城も廃城になったと考えられる。
城域は明らかではないが、一之御前社(当時は創建されていない)の東方の薬師ヶ根辺りとされる。一之御前社から薬師ヶ根辺りには高台が続く。