能見城跡
のみじょうあと (Nomi Castle Ruins)
【C-AC310】探訪日:2020/6/9
愛知県豊田市榊野町
【MAP】
〔駐車場所〕
築城年代は定かではないが、永正年間(1504~21年)における能見松平氏の始祖となる二郎左衛門光親の居城とされる。その後、能見松平氏は岡崎の能見城(能見松平館)へと移った。
発掘調査の結果、阿摺川と大井川に挟まれた急峻な尾根端に築かれた城で、1200㎡規模の不整長楕円を成していたことが確認されている。また、本丸跡に物見櫓跡、本丸に取り付く北東と南西に2つの曲輪跡があった。本丸跡からは土師器,皿,瀬戸美濃産の陶器,常滑産の甕や天目茶碗が多数出土した。現在、城跡は県道19号の拡張工事により大きく削り取られてしまっている。
【史跡規模】 |
【指 定】 |
関連時代 | 戦国時代 |
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関連年号 | 1504~21年 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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松平光親 | MT12 |
地図や他のネットの情報からもここで間違いないと思ったが、「能見城址」の看板がない。夏場ということで雑草を掻き分け登ってみると、倒れた「能」「見」「城」の看板を発見。曲輪とされる所も足元がよく見えず、道路側へ滑り落ちる恐れもあったためいつも以上に慎重に足元を確かめながら進んだ。写真ギャラリーには在りし日の「能見城址」看板が撮られた写真を『近くの城址』から引用させて頂いた。
※本サイトの写真は転用可です(ダウンロードすると、より鮮明に見えます)
▲遠景
▲遠景
▲駐車場(入れなかったが)の奥に説明板がある
▲説明板の横から登る
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▲倒れた「能」
▲倒れた「見」
▲倒れた「城」
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▲何の矢印?
▲土橋
▲南にある堀切
▲堀跡
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▲【「近くの城址」より転載】「能見城址」の看板