植田城跡
うえだじょうあと (Ueda Castle Ruins)
【C-AC164】探訪日:2016/12/16・2021/3/24
愛知県名古屋市天白区植田1丁目
【MAP】
〔駐車場所〕
1471(文明3)年、室町将軍足利義政の命により、遠江国横地城主の横地秀綱が尾張国へ移住し築いた城である。5代秀政の弟の秀次は分家し猪子石城を築いた。
4代横地秀重の頃にはこの地を拠点に勢力を伸ばし、秀政は織田信長に仕え、1570(元亀元)年に姉川の戦いで戦死した。6代の横地秀房は、1584(天正12)年の小牧長久手の戦いの蟹江合戦で討死し、7代目横地秀行(秀房の弟)は、小牧長久手の戦いで横地家の代表として小牧山城に参陣している。最後の城主は8代目・横地秀住(6代秀房の子)が継ぎ、その後の子孫は代々郷士としてこの地に住み続けた。
城は植田八幡宮(植田城より以前に存在した)の東南100mほどのところ、オートバックス,郷藪公園とその西側の住宅辺りとされる。屋敷の周囲に堀と土塁を設け、兵舎と物見櫓があった程度のものと伝えられている。