於美津墓所
おみつ ぼしょ (Grave of Omitsu)
【K-AC140】探訪日:2020/11/13
愛知県豊田市幸町隣松寺
【MAP】
〔駐車場所〕
1610(慶長15)年2月4日、駿府にて死去。遺命により菩提所隣松寺に遺骨を納め、この地が廟所と定められた。 於美津は鴛鴨城主4代の松平忠久の娘で光姫,於美津の方と称した。東条城主の松平家忠に嫁いだが、家忠の死によって徳川家康の四男福松丸(のちの忠吉)が東条松平家を相続することとなり、於美津が当時2歳の福松丸の養母となる。慈愛に満ちた躾により、後年清洲城主として活躍した忠吉の素地を形成した。
【史跡規模】
【指 定】【国 宝】 【国重文】
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▲鴛鴨松平氏墓所,榊原清長墓所の横に並ぶ
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