<皇孫系氏族>敏達天皇後裔

TB17:橘 遠保  橘 諸兄 ― 橘 遠保 ― 楠木成綱 TB18:楠木成綱

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楠木成綱 楠木正武
 楠氏始祖といわれている。楠氏の出自については不明な点が多いがここでは、成綱を始祖とする系図纂要を尊重することとした。文献に楠木氏の名が登場するのは、1190年、源頼朝が奥羽平定後上洛した時、随行した武士の中に楠木四郎という名がみえるのが最初である。そのつぎに、1295年正月の大部庄百姓解状、同年閏二月の大部庄百姓等勒状の中に河内楠入道という名前がみえる。  楠正儀と行動を共にし、南朝軍を率いて活躍している。1360年5月、幕府軍の攻撃を正儀と共に河内・赤坂城に篭り防戦した。1362年には摂津守護代蓑浦俊定を攻め、兵庫に赴いて赤松光範と多部田で交戦した。正儀が北朝に帰順した際にはおおいに憤激し、天野行在所を固守したが利を失い、吉野へ退いた。その晩年は不明。