| K101:崇神天皇 | 和気清麻呂 | WK01:和気清麻呂 |

| リンク | WK02 |
| 和気清麻呂 | 和気広世 |
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備前国藤野郡出身。天平宝字8年(764年)に発生した藤原仲麻呂の乱では孝謙上皇側に参加したらしく、天平神護元年(765年)正月に乱での功労により勲六等の叙勲を受け、3月には藤野別真人から吉備藤野和気真人に改姓している。 |
備前国出身。当初文章生として朝廷に仕える。延暦4年(785年)に藤原種継暗殺事件に連座して禁錮に処せられるが、特別の恩赦により少判事に任ぜられる。その後従五位下・式部少輔に任ぜられ、大学別当を兼ねた。 |
| 和気真綱 | 和気貞臣 |
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若くして大学寮で学び、史伝を読み漁った。延暦21年(802年)20歳で文章生に補せられ、延暦23年(804年)に初めて官吏に登用されて内舎人に任ぜられる。平城朝では治部少丞,中務少丞を歴任する。 |
幼い頃に母を喪うが、定められた礼の基準を越えて悲しみ悼み、叔父・和気真綱はこれを深く哀れんだという。若くして、治部卿・安倍吉人に付いて老荘の教えを受ける。のちに、大学に入学して休まず研鑽し、承和8年(841年)文章得業生に補せられ、承和10年(843年)対策を受験するも不第となった。 |
| 和気仲世 | |
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延暦21年(802年)文章生に補せられ、大同元年(806年)大学大允、弘仁6年(815年)式部大丞を経て、弘仁10年(819年)従五位下に叙爵。 |