<藤原氏>式家

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藤原敦基 藤原合明(令明)

 白河天皇の皇太子時代よりその傍に仕え、また藤原師実の家司をも務める。文章得業生から蔵人などを経た後、寛治2年(1088年)には文章博士に任ぜられる。父と同様に学識に秀で、特に漢詩の才をもっては当代随一であり、凡そ文に属する者で敦基の弟子でない者はない、とまで謳われた。著作として『国史後抄』『柱下類林』があり、また作品が『本朝続文粋』『本朝無題詩』などに収められている。
 同時代の源義家と文武の双璧と称され、互いに交流も持った。娘は義家の子・義国に嫁いでいる。

 康和4年(1102年)頃に秀才に及第し、長治3年(1106年)に秀才として献策している。天永3年(1112年)には文章生となり左衛門尉を務める。9月に六位蔵人となり、11月には従五位下に叙爵。左衛門尉はそのまま務め続け、左衛門大夫となった。後に正五位下に叙され、上野介,大内記を歴任した。康治2年(1143年)に70歳で卒去。最終官位は正五位下行大内記。
 儒学者として名を挙げ、左大臣・藤原頼長の幼少期には頼長を弟子としており、令明の没後も頼長は先師と崇めている。

 

 

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