<神皇系氏族>地祇系

A305:建御名方命  建御名方命 ― 諏訪有員 SY02:諏訪有員

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諏訪有員

 中世の伝承によると、諏訪明神(建御名方神)が8歳の童男に御衣を着せて自分の「御正体」として神格化させた。『諏方大明神画詞』(1356年)と『神氏系図(前田氏本)』(室町時代初期)によると、この男児は有員という名の人物という。
 有員は桓武・平城朝(9世紀初頭)に生きたと言われていることから、桓武天皇の皇子とする伝承もあるが、史実性は疑わしい。一方、『阿蘇氏略系図(異本阿蘇氏系図)』と『神氏系図(大祝家本)』には、科野国造家出身の神子(くまこ)、または乙頴という人が用明天皇2年(587年)に諏訪湖の南に社壇を設けて初代大祝となったとあり、有員がその子孫とされている。この神子の母が洲羽君氏出身の弟兄部(乙比売)であった。須羽君氏は建御名方神の子・伊豆早雄命の後裔とされ、健隈照命の孫または曾孫である武河隈君が初めて洲羽君の氏姓を負ったとされる。洲羽君姓はその後、世襲され、歴代系図の最後に位置づけられる高嶺君まで君姓を名乗っていたことが『諸系譜』十三冊所載の「諏訪氏」に見られる。