<神皇系氏族>地祇系

MW05:大神惟基  大三輪大友主 ― 大神惟基 ― 阿南惟季 MW07:阿南惟季

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阿南 尚 阿南惟幾
 大分県竹田市玉来出身。警察巡査として西南戦争で抜刀隊として従軍後、内務官吏として転勤を繰り返す。 

 陸軍大将勲一等功三級。侍従武官,陸軍省兵務局長,人事局長,第109師団長,陸軍次官,第11軍司令官,第2方面軍司令官,陸軍航空総監部兼航空本部長を務め、1945年(昭和20年)4月に鈴木貫太郎内閣の陸軍大臣に就任。その人柄・人格には定評があり、昭和天皇からも信頼されていたという。太平洋戦争末期に降伏への賛否を巡り混乱する政府で本土決戦への戦争継続を主張したが、昭和天皇の聖断によるポツダム宣言受諾が決定され、同年8月15日に割腹自決。日本の内閣制度発足後、現職閣僚が自殺したのはこれが初であった。
 阿南の自決の結果、徹底抗戦や戦争継続の主張は止んでいって、終戦の現実を受け入れる劇的な効果を上げた。阿南が自分の死を以って、陸軍の妄動を抑え込んだともいえる。日本陸軍軍人の“理想像”であった清清たる阿南が、汚濁の道を歩んだ日本陸軍の葬儀人をつとめる形となった。