田代城跡
たしろじょうあと (Tashiro Castle Ruins)
【C-AC153】探訪日:2020/5/29
愛知県豊田市小原田代町162
【MAP】
〔駐車場所〕
築城年は定かではないが、城主として森外記,松平主税の名がある。1574(天正2)年、武田勝頼の侵攻の際に落城したとされる。
比高10mの丘陵尾根端に築かれた単郭の城で北から西側にかけて土塁が残り、西側の櫓台状の土塁上には若宮が祀られている。
【史跡規模】 |
【指 定】 |
関連時代 | 戦国時代 |
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関連年号 | 1574年 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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森 外記 | G*** | 松平主税 | MT** | 武田勝頼 | G425 |
実は3回目の探訪にてようやく登城することができた。2016年から過去2回は城跡の位置はわかっていたが、民家の奥まで入れないため、どうしても登城口が見つからず諦めていた。そして、3回目の挑戦。たまたまお子さんを連れた若い奥さんに出会い、「あの山に登りたいんですが、登り口わかりますか」と聞いたところ、「うちの山ですけど、私はわからないけど、近くで探して頂いて結構ですよ」と快く応じて頂いた(御主人が知っているようでしたが、夜勤明けで就寝中)。少し迷いはしたが、民家の小屋の裏に道を見つけ、無事登城することができた。この日は、ここと同じく過去挑戦するも登城口が分からず断念していた大洞城跡,乙ケ林城跡も訪れ、いずれも主郭まで到達することができた。
※本サイトの写真は転用可です(ダウンロードすると、より鮮明に見えます)
▲北側からの遠望
▲北側からの遠望
▲東側からの遠望(右の小屋の裏に登城口がある)
▲登城口はこの奥を入る
▲小屋の裏の登城口
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▲途中にある墓碑
▲宝暦,天保の文字が見える
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▲主郭
▲主郭北側の土塁
▲主郭の土塁
▲主郭の土塁
▲西側の櫓台状の土塁
▲左の土塁上の若宮の碑
▲土塁上から見た主郭
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▲北側の切岸
▲北側の切岸
▲北側麓は堀跡?(泥濘)