永原城跡(永原御殿跡)
ながはらじょうあと(ながはらごてんあと) (Nagahara Castle Ruins[Nagahara Palace Ruins])
【C-SG019】探訪日:2016/9/24
滋賀県野洲市永原
【MAP】
〔駐車場所〕
築城年代は定かではないが、室町時代中期に 佐々木六角氏に仕えた永原氏によって築かれた。1480(文明12)年頃には永原越前守重秀,筑前守重頼が活躍をした。
1568(永禄11)年、織田信長の近江侵略によって佐々木六角氏が滅ぼされると、永原氏もともに衰退した。1570(元亀元)年には織田信長の重臣・佐久間信盛が入城する。のちに永原氏は信長に許しを得て復活している。
永原城廃城後、1586(天正14)年に豊臣秀吉が、この地を徳川家康に与え、家康は1601(慶長6)年までに永原御殿を築き、徳川将軍上洛の際の宿泊地として利用された。大坂冬の陣,夏の陣など家康,秀忠らによって7回宿泊した記録が残る。永原御殿は約4万㎡と県内最大級である。しかし、幕藩体制が確立して将軍の上洛の機会は減少すると、1634(寛永11)年の家光上洛時の利用を最後に1686(貞享3)年には解体された。御殿建物は芦浦観音寺に移築されている。
本丸は竹林となっているが、本丸を取り囲む土塁跡や櫓跡,石積の一部が残されている。