安祥城跡
あんしょうじょうあと(Ansho Castle Ruins)
【C-AC002】探訪日:2014/9.14
愛知県安城市安城町赤塚
【MAP】
〔駐車場所〕見学者用駐車場がある。
1440(永享12)年、和田親平によって築城された(安祥城築城以前は、西隣の安城古城が本拠地になっていた)。1471(文明3)年に松平信光が攻略し親忠を入れて以降、清康までの4代50余年間、松平氏の居城となった。三方を湿地に囲まれ、台地の突端部に土塁を廻らし、本丸,二の丸を構えた遺構である。現在では、塚,切岸,堀,一部曲輪などが残るだけとなっている。本丸は大乗寺、二の丸は八幡社、三の丸は大乗寺の裏手辺りになる。
1540(天文9)年から49年まで5度にわたり、安祥城をめぐり織田氏との攻防戦が繰り広げられた。最終的には、今川義元が介入し今川方の城となる。義元の横死後は、松平氏は独立し織田氏との間に清洲同盟が締結されたことで岡崎城の前線としての価値が薄れ、1562(永禄5)年頃に廃城となる。その後、小牧長久手の戦いのときにも兵が置かれた。