中臣鎌足生誕の地(大原神社)

なかとみのかまたり せいたんのち(おおはらじんじゃ)(Birthplace of Nakatomi Kamatari [Ohara Shrine])

【Z-NR014】探訪日:2006/5.17・2025/3.30

【Z-NR014】中臣鎌足生誕の地 奈良県高市郡明日香村小原134

【MAP】

〔駐車場所〕

【Z-NR014】中臣鎌足生誕の地

   614(推古天皇22)年、中臣鎌足は父・中臣御食子と母・智仙娘(大伴咋の女)の間に明日香村小原にて誕生した。現・大原神社のそばには、明治初めまで鎌足誕生堂があった。
 鎌足は早くから中国の史書に関心を持ち、『六韜』を暗記していた。南淵請安が開く塾では、将来、中大兄皇子(のちの天智天皇)とともに乙巳の変で討つことになる蘇我入鹿とともに秀才とされた。乙巳の変後の大化の改新では中大兄皇子の側近として活躍し、647(大化3)年の新冠位制度では大錦冠、654(白雉5)年頃には大紫冠に昇格した。669(天智天皇8)年10月、山科の御猟場に狩りでの落馬で背中を強打し、10月16日に逝去。享年56。その前日には天智天皇が見舞いに訪れ、天皇から大識冠(正一位に相当)を授けられ、内大臣に任ぜられ、「藤原」の姓を賜った(藤原鎌足と名乗るのは1日のみ)。
 大原神社境内の奥には産湯の井戸があり、神社から西約100mほどのところに母の大伴夫人(智仙娘)の墓所がある。なお、鎌足の墓所は阿武山古墳(大阪府高槻市奈佐原・茨木市安威)の可能性が極めて高いとされている。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】 

【国重文】

関連時代 飛鳥時代
関連年号 614年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
中臣鎌足 F001 中臣御食子 NT21 大伴智仙娘 OT11

 

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