伊勢寺城跡
いせでらじょうあと(Isedera Castle Ruins)
【C-ME162】探訪日:2025/1.24
三重県松阪市伊勢寺町
【MAP】
〔駐車場所〕北の県道45号線沿いにある鳥戸集会所の前に停めさせていただく。
築城年は定かではないが、北畠氏家臣の小菅備後守の居城であったとされ、1569(永禄12)年に織田信長の伊勢侵攻のとき、北畠具教が大河内城に籠城した際に討死したという。その後は、赤城(野村城)の久瀬五郎左衛門が入った。
城は堀坂山から北東方向の標高180mの丘陵に位置し、南北50mほどに南から最高部のⅠ郭(主郭),Ⅱ郭,Ⅲ郭と並び、東側に腰曲輪をもつ。Ⅰ郭の南側には低土塁がみられ、Ⅱ郭とⅢ郭は堀切により区切られ、その西側の幅1.5mほどの土橋で連結されている。また、南西側,南東側、そして北東側にもそれぞれ堀切が設けられ、Ⅲ郭の北側には竪堀がある。
【史跡規模】 |
【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 戦国時代 |
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関連年号 | 1569年 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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小菅備後守 | **** | 織田信長 | OD04 |
伊勢寺城縄張り図(松阪山城会『松阪の城50選』に加筆)