大通寺山陣所跡〔長篠古戦場〕
だいつうじやまじんしょあと〔ながしのこせんじょう〕(Daitsujiyama Camp Ruins [Historic Battlefield of Nagashino])
【B-AC004a02】探訪日:2015/8/15・2019/4/6
愛知県新城市長篠字市場51
【MAP】
〔駐車場所〕
長篠の戦いの際、1575(天正3)年5月19日夜に医王寺山本陣にて軍議が行われ、武田勝頼は馬場信房らの決戦回避の主張を受け入れず、決戦を決断。主張を果たせなかった馬場信房は、これまでともに戦場を疾駆してきた同志の将、内藤昌豊,山県昌景,土屋昌次を自分の陣所である大通山(標高110m,比高50m)に同道して、この日の軍議を嘆き、明日の奮闘を誓い今生の別れとして泉の水を酌み交わして訣別の盃として出陣して行った。このことから、ここは大通寺盃井と呼ばれるようになった。
大通寺山は長篠城の北600m程のところに位置し、馬場信房,武田信豊,小山田昌行ら2,000人が布陣していた。
【史跡規模】 |
【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 戦国時代 |
関連年号 | 1575年 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
武田勝頼 | G433 | 馬場信房(信春) | **** | 内藤昌豊 | F9** |
山県昌景 | G121 | 土屋昌次 | F011 | 武田信豊 | G431 |
小山田昌行 | **** |
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▲遠景
▲大通寺周辺案内板
▲大通寺門前
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▲説明板
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▲水杯の井戸
▲水杯の井戸