山口城跡
やまぐちじょうあと(Yamaguchi Castle Ruins)
【C-ME120】探訪日:2024/9.6・10.22
三重県いなべ市藤原町山口字玉垣野
【MAP】
〔駐車場所〕
玉垣城とも呼ばれる。築城年は定かではないが、永禄年間(1558~70年)には藤田東馬允の居城であったとされる。また、1493(明応2)年に摂津池田氏の池田正澄が玉垣城を築き、藤田当麻之丞(東馬允)と称したともされる。1568(永禄11)年の織田信長による伊勢侵攻の際、または天正年間(1573~92年)に織田勢に攻め落されたと考えられる。
城は東南東に細長く伸びた標高180m,比高10mほどの低丘陵に築かれた平山城である。約50m×43mの方形単郭の城で四方を土塁が巡り、西,北,北東に空堀が巡されている。 また、北東側に虎口があるが、西側の土塁は内折れ、外側にはかざし土塁があり、北から虎口が見えないようになっている。史料には主郭の東側の畑地に二の丸侍屋敷跡があったとされる。
なお、山口城から北西約850mには上平野城跡はある。
【史跡規模】 |
【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 室町時代 | 戦国時代 |
---|---|---|
関連年号 | 1493年 |
1558〜70年・1573~92年 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
---|---|---|---|---|---|
藤田東馬允 | **** | 織田信長 | OD04 | 池田正澄 | KI15 |
山口城縄張り図(「城郭放浪記」の縄張り図に加筆)