番所ノ段城跡

ばんじょのだんじょうあと(Banjonodan Catsle Ruins)

【C-SZ129】探訪日:2024/6.11

【C-SZ129】番所ノ段城跡 静岡県掛川市大渕11547-5

【MAP】

〔駐車場所〕

   築城年,築城者は定かではないが、その名称から街道筋を抑えるための番所があったと考えられる。東大谷川が湾曲する東側に位置し、主要部は約40×50mで西側に曲輪を持ち、堀と土塁に囲まれていた。現在は消滅しているが、東側にも北へ延びる高土塁があったという。
 1578(天正6)年11月、高天神城を攻略していた武田勝頼は、兵8,500を率いて西の萩原口を越えて東大谷を経て、徳川方の大須賀康高が高天神城の抑えとして築いた横須賀城を攻撃する態勢をとったが、東大谷の入口にて小返しし犬待坂において徳川勢と合戦に及んだ(『高天神記』)。その犬待坂がこの辺りという。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】 

【国重文】

関連時代 戦国時代
関連年号 1578年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
武田勝頼 G433

 

【C-SZ129】番所ノ段城跡
 北側の畑地から南に向かって竹藪に入ると、高さ3mほどの土塁に突き当たる。その上を進み、土塁が切れたところを下りると、石積みがみられたが(ほかの箇所にもみられる)、後世のものかもしれない。一帯は改変され詳細は不明であるが、土塁は当時のものと思われる(高さは不明)。

 

【C-SZ129】番所ノ段城跡

番所ノ段城縄張図(『静岡県の城跡 中世城郭縄張図集成(西部・遠江国版)』に加筆)

【C-SZ129】番所ノ段城跡 ※本サイトの写真は転用可です(画像をピックすると拡大、コメント表示されます)

南から見る 東側の通路を入る 南の雑木林(竹林)へ入る 土塁を上る 土塁上 石積み(当時のものかは不明) 土塁 土塁 主郭(と思われる)