糟屋氏屋敷跡

かすやし やしきあと(Kasuya's Residence Ruins)

【R-SZ037】探訪日:2024/4.15

【R-SZ037】糟屋氏屋敷跡 静岡県掛川市上西郷1432

【MAP】

〔駐車場所〕

【R-SZ037】糟屋氏屋敷跡

   築造年は定かではないが、倉真川に臨む東岸に築かれた地元豪族の糟屋氏の居館である。天文年間(1532~55年)には土豪の粕屋藤兵衛の名がみえる。1574(天正2)年、糟屋善左衛門則高は高天神城の小笠原氏助に与し、武田勝頼率いる武田軍と戦った。
 1642(寛永19)年まで糟屋善左衛門だけが庄屋であったが、翌年、善右衛門と岩清水惣兵衛,佐藤喜左衛門,石山三左衛門が庄屋となり四組に分かれた。今は中村の善左衛門の屋敷といわれている(現在は粕谷姓)。
 50m四方ほどの規模で周囲には土塁を巡らせていた。大手口は南に開けられ、北側には食違虎口が見られる。現在は水堀の一部が残されている。また、北側には用途ははっきりしないが、高さ0.6~1.5mの土盛りがある。

【史跡規模】

【指 定】

【国 宝】 

【国重文】

関連時代 戦国時代 江戸時代:前期
関連年号

 1532~55年・1574年

1642年
関連人物 系図 関連人物 系図 関連人物 系図
粕屋藤兵衛 **** 糟屋善左衛門則高 **** 糟屋善右衛門 ****
岩清水惣兵衛 **** 佐藤喜左衛門 **** 石山三左衛門 ****

 

【R-SZ037】糟屋氏屋敷跡  
 

 

【R-SZ037】糟屋氏屋敷跡

 

糟屋氏屋敷図(『静岡県の城跡 中世城郭縄張図集成(西部・遠江国版)』に加筆)

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