御馬城跡
おんまじょうあと(Onma Castle Ruins)
【C-AC596】探訪日:2023/4.27
愛知県豊川市御津町御馬浜田94-3
【MAP】
〔駐車場所〕
御馬屋敷,須賀屋敷ともいう。1362(応安2)年、管領・細川頼之が将軍・足利義満に命じられ、弟の頼有に築城させたとされる。その後、頼顕,頼長,時氏と続き、永享・享徳間(1429~54年)頃には細川治部大輔政信,酒部河内守時重が居城した。しかし、文明年間(1469~86年)に、今川義忠に謀られて、時重は城を捨てて逃走したという。
その後、1562(永禄5)年、三河平定を推し進める松平元康は長沢松平市郎右衛門直信(三休)にこの城に守らせ、子の昌興と2代続いた。1590(天正18)年の家康関東移封後は吉田城主・池田輝政の支配となり、家臣の山田藤左衛門が城を預かった。
寛永年間(1624~43年)になって、長沢松平氏の庶流である松平清四郎重忠(浄感)と子の彦右衛門忠住が屋敷を構えたが、1634(寛永11)年の主君・松平定綱の桑名転封に従い当地を離れ、廃城となった。1704(宝永元)年には堀を埋め、塁を崩して田畑となったと伝えられている。
現在は石碑と説明板のみが立ち、遺構は残されていない。