柚井城跡
ゆいじょうあと(Yui Castle Ruins)
【C-ME106】探訪日:2023/4.4
三重県桑名市多度町柚井1723ー1
【MAP】
〔駐車場所〕北側道路に若干の駐車スペースがある。
築城年は定かではないが、梶田佐馬助,梶田刑部丞の居城とされ、1567(永禄10)年、織田信長と戦って敗れ追われている。長島一向一揆に加担したためといわれるが、この時期、一向宗と信長の間に敵対関係はまだ見られないため(この年、顕如は信長に美濃,伊勢を平定したことを祝う書状を送っている)、疑問は残る。その後、城主となった西松要人は長島一向一揆衆に加担したため、第1次一向一揆討伐の1571(元亀2)年に織田軍の柴田勝家,氏家卜全に攻められ落城、廃城となった。
城は標高78m,比高46mの山頂から南へ扇形に多くの曲輪が配されていたが、一部は太平洋戦争中に軍部によって改変されているという。主郭には虎口が確認でき、北側と東西には土塁が巡らされている。
【史跡規模】 |
【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 戦国時代 |
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関連年号 | 1567年・1571年 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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梶田佐馬助 | **** | 梶田刑部丞 | **** | 西松要人 | **** |
織田信長 | OD04 | 柴田勝家 | G342 | 氏家卜全 | F661 |
城跡の北側の道路(ハイキングコース?)の途中、愛宕神社から少し東へ行ったところに下へ降りる階段があり、そこからGoogleマップを見ながら城跡方向へ向かった。途中、後世のものと思われる石積みがあり、左手に池を見て進むと主郭へと出る。ただ、主郭の木の上に1匹のサルを発見。いったん、気づかぬふりをして(サルは気づいていると思うが)、通り過ぎたが、ここまで来てそのまま帰るわけにはいかんと(そもそも車は北の道路に停めてある)、再び主郭へ戻った。幸い、サルはいなくなっていたが、後から見たネットにもサルの集団に遭遇したという記事があったので納得。また、これもデータ整理時に知ったが、城址説明板があり、そこには「私有地ですから、みだりに立ち入らないでください」とあったようだが、今回は説明板に出会えておらず(下記写真はネットから転載)、北側からのルート(正規かどうか不明)にはそのような案内はなく、知らぬこととはいえ、すみませんでした。でもサルには緊張する!