青地城跡
あおぢじょうあと (Aozi Castle Ruins)
【C-SG023】探訪日:2016/9/25
滋賀県草津市青地町873
【MAP】
〔駐車場所〕
部田城ともいう。築城年代は定かではないが、鎌倉時代初期に青池忠綱によって築かれたとされる。鎌倉時代から室町時代にかけて、この地域を治めた青地氏12代の居城であり、土塁,堀などの遺構が残っている。青地氏は、小槻氏から出て馬淵基綱の養子となって青地氏を名乗り、観音寺城の佐々木六角氏に仕えて近江守護代や栗太郡奉行などの要職を務め、佐々木七騎の一角に数えられた。
永正年間(1504~1520年)には京を追われた細川澄元が青地城に匿われている。1573(天正元)年、織田信長の上洛で六角氏が滅ばされると、青地氏も降伏し青地城は廃城となった。その後、青地氏は織田信孝,蒲生氏郷に仕えた後、前田利家,豊臣秀次に仕えて加賀藩士となっている。
現在は志津小学校と小槻神社の敷地となっており、小学校裏手の高台には青木城主墓石(宝匡印塔)が祀られている。また、小学校正門横には城池と呼ばれる池が現存するが、当時の堀を拡張したものと考えられる。