孝昭天皇掖上博多山上陵
こうしょうてんのう わきのかみのはかたのやまのえのみささぎ (Wakinokami-hakatanoyamanoe Mausoleum of Emperor Kosho)
【K-NR090】探訪日:2018/10.30
奈良県御所市三室378
【MAP】
〔駐車場所〕
実際の被葬者は明らかではないが、宮内庁により第5代・孝昭天皇の陵に治定されている。孝昭天皇は欠史八代の一人で、実在性については諸説ある。
陵について『日本書紀』『古事記』とも掖上博多山上の所在とあるが、後世に所伝は失われ、元禄の探陵で現陵に治定された。陵近くには孝昭天皇の霊を祀る孝昭天皇神社(孝昭宮)があるが、これは古く丘上にあったものを幕末の修補の際に現在の東側隣接地に移したものである。
孝昭天皇を含む第2代・綏靖天皇から第9代・開化天皇までの8代の天皇は、治世の長さが不自然であること、7世紀以後に一般的になるはずの父子間の直系相続であること、宮,陵の所在地が前期古墳の分布と一致しないことなどから、極めて創作性が強く、『日本書紀』『古事記』にも事績の記載が極めて少ないため「欠史八代」と称される。一方で宮号に関する原典の存在、年数の嵩上げに天皇代数の尊重が見られること、磯城県主や十市県主との関わりが系譜に見られることなどから、すべてを虚構とすることには否定する見解もある。
【史跡規模】 |
【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 伝承の時代(古墳時代:前期) |
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関連年号 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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孝昭天皇 | K001 |