三谷城跡
みたにじょうあと(Mitani Castle Ruins)
【C-NR037】探訪日:2022/11.19・2025/3.30
奈良県桜井市三谷
【MAP】
〔駐車場所〕菅原神社前に駐車スペースがある。
築城年は定かではないが、室町時代後期に在地豪族の三谷市太郎が長谷街道の南側の山頂に築いた城とされる。市太郎は弓の名人であったため、当時の領主から矢の飛んだところまでを領地として与えると言われ、家来に待ち伏せさせて飛んできた矢を持って遠方まで走るように命じていたという。三谷地区の小字に「打ち越し」「矢待ち坂」の地名が残っている。
城跡は「山野草の里」という施設の東側に位置し、単郭の曲輪,土塁,空堀が残されている。
【史跡規模】 |
【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 室町時代 |
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関連年号 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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三谷市太郎 | **** |
初回は事前調査をせず訪れたため、説明板は容易に見つけることができたが、城跡がわからず断念した。その後の情報で「山野草の里」の裏・東側と分かり、改めて訪れた。わかりやすいのは、「山野草の里」の裏から防獣ネットを開けて東へ進むルート。程なく主郭へと到達できる。また、別ルート(城跡東側:最後の写真の奥)からもアプローチが可能である。