豊田トンド山古墳
とよだとんどやまこふん(Toyodatondoyama-Kofun Tumulus)
【K-NR179】探訪日:2022/10.2・10.29
奈良県天理市豊田町819
【MAP】
〔駐車場所〕天理教北1駐車場もしくは豊田神社の駐車場を利用(無料)。
石上・豊田古墳群の南西端、豊田狐塚古墳の北西約100mの所に位置する径30mほどの円墳である。布留川の形成した扇状地,段丘を見下ろす丘陵地にある。2014~15(平成26~27)年に発見された。
見つかった石室は両袖式の横穴式石室で南南西の方向に開口し、石室は床面で全長約9.4m、玄室部の奥壁幅約2.0m,高さ約2.6m,側壁長さ約4.9m、羨道部は玄門幅約1.7m,側壁長さ約4.5mを測り、一辺最大約3mに及ぶ巨石を積み上げて壁面を構成する(ただ天井石と側壁の一部は失われている)。玄室奥壁下段の石材はベンガラで赤く彩色されていた。また、玄室内中心に細かく破砕された二上山の凝灰岩が多数出土しており、凝灰岩製の石棺が安置されていたとみられる。さらに羨道床面にもベンガラで赤く変色している部分があり、付近から鉄釘が多数出土していることから、羨道部分に木棺が追葬されていた可能性も考えられる。なお、石室は現在は埋め戻されている。
石室内は盗掘されていたものの、須恵器や土師器,鉄鏃,太刀の破片などが出土している。築造時期は7世紀前半と推定され、立地条件や石室規模から見て布留遺跡に関わる有力な豪族物部氏の首長墓の可能性が指摘されている。
【史跡規模】 |
【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 飛鳥時代 |
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関連年号 | 7世紀前半 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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現在は埋め戻されているので小高い竹林にすぎないが、地下に10m近い石室があると思うと少し不思議な気分である。
豊田トンド山古墳石室と出土遺物(現地説明会資料より)