安康天皇菅原伏見西陵
あんこうてんのう すがわらのふしみのにしのみささぎ (Sugawara-fushimi-nishi Mausoleum of Emperor Anko)
【K-NR079】探訪日:2018/10.21
奈良県奈良市宝来
【MAP】
〔駐車場所〕
実際の被葬者は明らかではないが、宮内庁により第20代・安康天皇の陵に治定されている。なお、垂仁天皇陵の飛地い号に治定されている兵庫山古墳を安康天皇陵に考定する説が江戸時代以後に散見される。直径約40mの大型円墳である。
允恭天皇の第二皇子で父帝が崩御すると、近親相姦疑惑があったとされ群臣からの支持を失っていた兄の木梨軽皇子に替わって即位し、石上穴穂宮に都を遷した。中国の『宋書』『梁書』に記される「倭の五王」の興に比定されている。
即位元年、根使主の讒言を信じて叔父の大草香皇子を誅殺。即位2年、その妃であった中蒂姫を皇后に立てたが、翌年8月9日に連れ子の眉輪王に暗殺された。暗殺されたと明確に記された最初の天皇である。
その後、天皇の弟の大泊瀬皇子が、兄弟,眉輪王,次期天皇候補と目されていた従兄弟の市辺押磐皇子を殺して帝位に就いた(雄略天皇)。
【史跡規模】 |
【指 定】 【国 宝】 【国重文】 |
関連時代 | 伝承の時代(古墳時代:中期) |
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関連年号 |
関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 | 関連人物 | 系図 |
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安康天皇 | K004 | 根使主 | **** | 大草香皇子 | K004 |
中蒂姫 | K004 | 眉輪王 | K004 |