道満館跡
どうまんやかたあと(Doman Residence Ruins)
【R-AC007】探訪日:2022/1/28
愛知県北設楽郡設楽町清崎
【MAP】
〔駐車場所〕
築造年は定かではないが、1559(永禄2)年頃、菅沼道満が岩古谷城を子の菅沼満成に譲り、移り住んだ屋敷跡とされる。道満は長篠菅沼氏の一族で、1575(天正3)年の長篠設楽ヶ原の戦いで武田勢と戦い討死したという。
道満館は多宝寺の南に隣接する標高290m,比高30mの山腹に築かれていたが、第二次大戦中には畑地として開墾され、その後は稲荷神社の境内となっていた。現在、社殿は取り壊され、鳥居だけが残っている。東背後にある土盛りは猪垣(害獣の進入を防ぐもの)である。